90分の記憶の軌跡

1996年にNHKで放送された「記憶が失われた時…」*1というドキュメンタリー番組を見た。前向性健忘症の男性とその家族の2年半を追った作品。前向性健忘症とはある地点から前の記憶は全て残っているのにその地点より後の記憶が憶えられない。記憶の積み重ねが出来ないという症状。前向性健忘症を題材にした映画として「メメント」「博士の愛した数式」がある。数時間前の記憶がない、ということも忘れてしまう。しかし自身が記憶を失くしてしまうということを1日に何度も理解し、彼は震えていた。想像するしかないけど自分の存在が揺らぐ瞬間の連続のような気がして怖い。取材スタッフも毎回自己紹介から始まる。だが何年も関わっていくと顔と名前が一致してくる。それは名前や顔と出来事を記憶する脳の回路が異なるからだという。何ヶ月前に会って何を話したという記憶はないが、この人とは会ったことがあるという認識はするそうだ。奥さんと食卓で向き合って喋っている映像がよく使われていた。日々同じような会話が繰り返されていて、奥さんは優しく今日の出来事を話している。症状が出る前に生まれた2人の息子とはよく遊ぶが一緒に写った写真を見ても、そこで遊んだ記憶がない。こういうことをしたのか…と思うだけ。そして作品中に新しい家族が増え、彼はその子の顔を思い出せないときもある。11年経った今、どういう親子関係を築いているのだろうか……。番組最後には記憶は自分だけのものではなく関わった人間の記憶に残るということで自分の存在を見出していければ…という終わり方をしていた。映画ではない日常的な生活をこのドキュメンタリーは写し出している。日常過ぎる為、彼が前向性健忘症であるということが不思議なほど。今もこの家族が幸せに暮らしていればいい。
NHKライブラリーが自由に引き出せるのであれば他にも色々見たいのがあるので頼みたいと勝手に思う。

*1:構成・是枝裕和