ボヘミアン・ラプソディ

エンドロールも終わり劇場明転。公開2ヶ月経って尚満席の観客が帰っていく中、女子高生が友達に「感動とかではなかったね…なんかね…」と言いながら帰り支度の準備をしていた。その会話を聞きながらラスト20分もあったライブシーンをぼろぼろ泣きながらレモンサワーを飲んで観ていた自分は何だったのか?と回顧しなくてはいけない。

不思議な感覚の映画だった。Queenあっての映画なのは分かっていたけど、物語としてはとても削ぎ落とされていて、それよりも音楽で映画を紡いでいく量が圧倒的。映画が始まる前に入る20世紀フォックスマークで流れた「20th century fox fanfare」を聴いてしまった時点でもう優勝の予感あり。

時代を切り開こうとする者の孤高/孤独。落ちていってしまったフレディに結婚をしていた彼女が言っていたけど、あなたの周りにはいつだって大事な人たちがいた。ホームに帰ろう、って。失敗はあっていい。謝ればいい。それを許容してくれる人たちがいるなら。バンドに戻りたいという話し合いのシーンが大好き。フレディからの打診に神妙な面持ちで席を外してほしい、と伝えるメンバー。その理由が「なんとなくね」(みたいなニュアンスだったはず)って妙に意地悪顔で言う感じが堪らなかった。復帰ライブのリハーサルでフレディがエイズに侵されている話をメンバーにした後の円陣も。家族ではないけど家族以上の関係性。彼にメンバーがいて本当に良かった。

ラストのライブシーン。「エーオ!」で泣いていた自分。Queenを見てではなくQueenを見ている人たちを見て泣く。様々な表情で行われている観客のコール&レスポンス。「エーーーーーーーオ!」のとき最前警備スタッフが少し振返って笑ってるの見て更に号泣。自分はステージ上にいる人間ではないからステージ下の人間に共感したんだと思う。病院ですれ違ったたぶんエイズに侵されているだろう青年からの「エーオ」に小さく「エーオ」と返すフレディのシーンでも泣いた。「エーオ」だけでこんなに泣くなんて…もう意味とかじゃないんだよ。人生は誰かとのコール&レスポンスで成り立っているはずだから。きっと自分も誰かと……じゃない。ステージの下にいる自分は周りにいる、いてくれる大事な人たちと「エーオ!」と時に笑いながら、時に怒りながら、時に励ましあいながらコール&レスポンスをする人生でありたい。きっと女子高生が家族、友人、たぶんアイドルでもいい、その大事な誰かと生きる人生に気づけたときボヘミアンラプソディを観たら感情が動くはずだ。

最後に。猫がめちゃめちゃキュートに撮影されていたので猫好きにもおすすめ。